なんにも積み上げてこなかったらしょうもない人間になっちゃった

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 タイトルのとおり。

 僕はいまピアノをやっている。大学に入ったときに再開したのだ。再開したというのは、むかし幼稚園のときから小学校4年生までやっていたからである。とはいえ、自分がやりたいと言い出したくせに始めたらやる気をなくす子供特有のアレで、練習はほとんどまじめにやっていなかった記憶がある。

 そういうわけで、いまも腕前はずぶの素人に毛が生えたようなものである。弾きたい曲はやまほどあるのに、弾ける曲はほとんどない。楽譜もあまり読めないので、譜読みに時間がかかりレパートリーを増やすのも一苦労というありさま。

 ピアノ・リサイタルなどに行くたびに、たいていは刺激をもらいモチベーションになるのだが、反対にやる気を失ってしまうこともある。あまりのうまさに圧倒されて、ここまでうまくなれないのなら練習しても仕方ないのではないかと思ってしまう。もともと聴くのが好きで始めたのでなおさらそう思う。自分のへたくそなピアノを自分で聴いていて楽しいと思えない。

 もちろん、子供の頃からまじめに練習して長年続けたからといってプロ並みにうまくなるわけではない。むしろ、ならない人のほうが多い。それは当然である。そして、仮に長年続けていてうまくなったとしても、僕の性格を考慮すれば、もっとうまくなりたいと感じ続け満足することはなかったろう。

 それでも、ピアノに限らず楽器が上手な人や、あるいは絵が上手な人などを見ていると、とてもうらやましい気持ちになると同時に、いままでの人生でなんにも積み上げてこずにしょうもない人間に成り果てた自分のみじめさにため息が出る。

 いまからでも遅くないという人もいるかもしれないが、楽器に関しては大いに遅いのである。とくにピアノは幼少期の基礎練習が非常にモノを言う楽器なので、いくら若いといえども僕くらいの年齢からだと厳しいものがある。それに、子供のころみたいに長い時間を練習に費やすこともできない。学校やらバイトやらに時間をとられるし、また就職までの残された時間も少ない。

 限られた時間でどこまで上手になれるのかを考えると、やはり練習する気が失せてしまう。中途半端なところまでしかいけないのであれば、最初からやらないほうが失望もしないし時間も無駄にならない。どうしてもそう思ってしまう。

 まあ、毎日コツコツなにかをやっている人や、すでになにかしらの技能を持っている人からすれば、うじうじした言い訳に聞こえるのだろうけれど、僕は何をやるにしてもこういう気持ちを拭えない。ほんとうにいままでなにもやってこなかった。勉強もろくにしてこなかったし、かといって熱中していた趣味もない。これにかんする知識だけは負けないとかいうのもない。でも、意外とそういう人のほうが多いのかもな。わからんけど。

 いまは、とりあえず写真を頑張ってみようと思っている。写真はいいね。始めるのはとても簡単。いまはシャッターを切るだけできれいに撮れるカメラがあるから。ただし奥はどこまでも深い。ただ撮るだけじゃなくて、自分なりの意図を持って、それを実現させるためにはいろいろな知識や技術が必要になる。そして運の要素もある。シャッターチャンスに恵まれなければ、どれだけ良い機材を持って高い技術を有していてもどうにもならない。

 それから、僕の場合はモノクロフィルムでよく撮るから、暗室作業という楽しみもある。僕はまだ自分でプリントしたことはないけれど、今度暗室ワークショップに参加する予定である。ずっとやってみたかったので、いまからすごく楽しみにしている。撮影から現像、プリントまで自分でやれるところがモノクロフィルム写真の醍醐味だと思うから、それらすべてをできるところまで極めてみたいと思う。

 ピアノはどうしようかな。そんなに技術が必要じゃないゆったりめの曲をぼちぼちやっていこうかな。速くて派手な曲はかっこいいから弾きたいけど、やっぱり練習が大変だし、人前で弾くときなどは緊張してしまう。これまでは難しい曲にも挑戦してきたけど、今後はあまり難しくない曲を無理せずやっていくのが良いかもしれない。

 という独り言でした。オチはないです。文章もうまくなりたいね。