大学生のうちに「何かをやめる」訓練を積んでおくべきだと思う

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 大学生のうちにやっておくべきこと、というトピックをよく見かける。だが、書いてあることはたいてい同じである。「勉強する」「部活・サークルをする」「バイトをする」などの言われるまでもないことや、「失敗する」「苦労する」「何かをやり遂げる」など、言うは易く行うは難し、というか、わざわざ「失敗する」必要があるのだろうか、まあそれはいいとして。他に変わったところだと、「ヒッチハイクをする」「ナンパをする」等々いろいろある(いわゆるナンパはやったことがないんだけど、ちょっとやってみたいという気持ちがある。まあこれは書かなくてよかったんだけど)。

 僕はまだ大学生の身だけれど、やっておいてよかったということも、やっておけばよかったということもある。そこで今回は、僕がこれまでの2年ちょっとの大学生活において、これはきっと今後の人生の糧になるだろうと思った経験について書きたい。

 ずばり、それは「何かをやめる」経験だ。

 僕は、大学生になってから何度かアルバイトをやめている。最初にやめたのはスーパーのレジ打ちである。それまで「何かをやめる」経験をあまりしてこなかった僕は、アルバイトをやめることに非常に強い抵抗を感じた。続けるのも嫌なら、やめるのも嫌という状態でしばらく惰性で働いていた。しかしそんな状態もいよいよ苦しくなってきたので、意を決してやめることをチーフとかそういう役職の人に伝えた。やりとりは何やかんやあったけど、一度切り出してしまえば、あとは坂道を転がるボールのようなもので、結局わりとすんなりやめることができた。

 それからというもの、いくつかのアルバイトを始めてはやめる経験を積む(笑)なかで、僕はだんだんとやめることに対する免疫(笑)がついていった。一般的には、これを「逃げグセ」と呼ぶらしい。「ここで逃げると、逃げグセがつくぞ」が用例だが、要するに脅し文句である。逃げグセがついたが最後、二度と何も長続きしなくなるぞ、ということだ。

 だが僕は、逃げグセはともかく、逃げ慣れしておくことは無益ではないと思う。

 さて、さっき書いたように、「何かをやり遂げる」経験の重要性は随所で強調されている。なぜこれが重要なのかと考えてみれば、就職活動の自己アピールに使えるからというのが主な理由だろう。学生時代に何かを主体的になってやり遂げた経験を示すことで、仕事においても同様の振る舞いができるのだということを証明するというわけである。

 いっぽうで、僕が言う「何かをやめる」経験は、およそ就職活動の自己アピールには使えないだろう。というか、決して使ってはいけない。私は学生時代にこれを中途でやめました、などと言おうものなら、仕事も途中で放り出してしまうのではないかと危惧され、お祈りされてしまう。僕も、「何かをやめる」経験が就活ではまったく役に立たないものであることは否定しない。

 しかし、これは言うまでもないことだが(いや、案外とわかっていない人・企業は多いだろう)、大学生活は、断じて就職活動のためだけにあるわけではない。他にどんなことのためにあるのかわからないという方のために説明すれば、まずひとつに大学生活とは研究のためにある。だがこれはどう好意的に解釈しても建前にすぎない。少なくとも大学院に進み、研究者になるつもりがないのであれば、研究の「真似事」はしても、本格的に研究することはまずない。

 だから研究という建前はさておいて、他にもまだ大学生活の目的はある。というか、私見では、これがいちばん重要な目的である。それは、人生を豊かにする準備のため、である。

 大学生活の4年間というのは極めて貴重な時間である。学校とバイトと人によっては部活・サークルなど、決して暇というわけではないし、お金にもあまり余裕がない。とはいえ、働き始めてからに比べれば時間的には格段に余裕があるし、高校時代に比べればお金にも余裕がでる。その時間を、ただ飲んで食って遊んで消費してしまうのではなく、これからの長い人生を豊かにするための準備期間と捉え、いろいろな経験をしておくのはとても大切なことである。

 そういった観点から考えれば、「何かをやめる」経験も、決して、ただ逃げグセがついてしまうだけの意味のないことではない。というのは、僕自身がそうであったように、「何かをやめる」経験をしてこなかった人は、何であれ途中でやめてしまうことに強い抵抗を感じてしまい、つまりは、新卒で就職した企業がどれほどブラックであっても、なかなかやめる決心をつけられないということになりかねないのである。

 「石の上にも三年」という言葉がどれほど真実であるかは僕にはわからない。ある場合には真実で、ある場合には虚偽だというのが妥当なところなのだろう。だが、個人的には、文字通りの意味でのブラック企業(毎月残業100時間とか、下手をすると週休0日とか)、そういう環境での三年は、ほとんど何も手に入らないどころか、多くのものを奪い去られてしまうだけだと思う。そういう会社は、人を育成するという気などはなからないからである。そんなところに長居しても、潰されて捨てられるのがオチである。

 だったら、できるだけはやくやめて、次の一歩を踏み出すのが肝心だろう。「石の上にも三年」いた結果、やめて転職活動をする体力すらなくなってしまっていたとか、経済状況が激変して就職難になってしまっていたとか、ひどい場合は心を病んでしまって働けなくなるなどとなっては元も子もない。そういう危険性があるところからは、さっさと逃げるに限る。

 僕は、たとえとんでもないブラック企業に就職してしまっても、数々のアルバイトをやめてきた経験を活かして、必ずやわずか数週間ですらやめるだろうという確信がある。この春大学生になったみなさんも、最初に選んだバイト先がどれほど居心地がよくても、一度やめてみて他のバイトもやってみたほうがいいと思う。そうすることで、「やめる」訓練になるだけでなく、「始める」訓練にもなるし、また、環境による違いがどれほどに大きいかということも、身をもって知ることができる。断然おすすめである。