返すことの出来ない恩――ロマン・ポランスキー『戦場のピアニスト』

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ロマン・ポランスキー監督『戦場のピアニスト

 借りた恩は返さなくてはならない。誰もが認める社会通念である。しかし世の中には、返すことの出来ない恩というものもある気がする。あまりにも大きな恩を受けたとき、私たちはただひたすらに感謝の意を述べる以外に為す術がない。あるいは、恩を受けた相手があまりにも偉大すぎて、恩を返そうという試み自体が思い上がりになってしまうようなこともある。そういったとき、私たちは一体どうすれば良いのだろうか。

 私たちが最も恩を受ける相手といえば、大半の場合、両親ではないだろうか。自分をこの世界に誕生させてくれたことに感謝したいと思う人ばかりではないと思うが、そういう人でも育ててもらった恩を無視することはできない。子育てには莫大な時間と費用がかかる。両親が自分にどれほど途方もない投資をしてくれたのかを考えれば、すべての子どもは大げさでなくその場に立ちすくんでしまう。

 では、子どもはいかにして両親に恩を返すことができるだろうか。そもそも、両親に恩返しすることなど可能なのだろうか。そして恩返しをするべきなのだろうか。

 よく、「働いて学費を返す」ということを言う人がいる。そして、世間的にはそれは立派な行為とされる。しかし、僕はこれに全面的には賛成できない。ひとつには、両親が子どもにかけた費用は決して学費には限定されないということがある。「働いて学費を返す」というときの「学費」とはたいてい大学の学費のことだが、それを返しただけでは両親から受けた恩のほんの一部に過ぎない。それだけで恩を返した気になっていいものだろうか。

 もうひとつには、僕自身の経験がある。僕も、あるとき両親に「働いて学費を返す」と言ったことがある。すると父親は威厳に満ちた声でこう言った。「それは俺の成し遂げたことを無下にするようなものだ」と。父親は僕や姉が子どものころから、「勉強のために使うお金は遠慮するな」と何度も言った。そしてそのおかげで、金銭的な事情で学業に妨げがでたことは一度もない。つまり、私たちの父親は、僕や姉が何不自由なく学業に励むために身を粉にして働いてお金を稼いでくれていたのだ。にもかかわらず僕や姉が学費を返したら、父親が成し遂げたことの意味を否定してしまうことになる。「俺の成し遂げたことを無下にするようなものだ」。そういう父親の表情からは、子どもの分際で思い上がるなよ、という矜持のようなものが読み取れたように思った。

 そのときから僕は、世の中にはどうしたって返すことの出来ない恩があると思うようになった。両親に対しては、受けた恩が大きすぎ、しかも受けた相手が偉大すぎるのだ。

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 僕が思うに、ウワディスワフ・シュピルマンもまた、決して返すことの出来ない恩を受けた人間のひとりだ。ロマン・ポランスキー監督『戦場のピアニスト』は、第二次世界大戦においてホロコーストを奇跡的に生き延びたポーランド出身のピアニスト、ウワディスワフ・シュピルマンの体験を描いたノンフィクション映画である。

 シュピルマンは1911年、ポーランドに生まれた。1930年代には、彼はワルシャワでピアニストとして、ラジオ放送で演奏するなどして活躍していた。しかし1939年9月、ナチスドイツがポーランドに侵攻、平和だった生活が一変する。

 ポーランドで暮らしていたユダヤ人たちはナチスによって弾圧され、1940年に入るとユダヤ人居住区(ゲットー)での狭苦しく貧しい生活を余儀なくされる。ある日、ゲットーに住まうユダヤ人たちは突然立ち退きを命じられ、列車へと詰め込まれる。行き先は絶滅収容所である。シュピルマンは知り合いのユダヤ人ゲットー警察署長に助けられ移送を免れるが、家族と離れ離れになってしまう。ひとり残されたシュピルマンはゲットー内での強制労働に従事させられるが、身体の強くない彼のために仲間が配慮して、屋内での仕事に回される。

 ある日、食料調達の最中に彼はある女性と出会う。そしてその女性の協力によりゲットーを脱出し、反ナチス勢力に匿われる。ほどなくしてゲットー内ではユダヤ人たちによる反乱が発生する。だが反乱はあっけなく鎮圧されてしまう。ゲットーのすぐ近くに隠れていたシュピルマンは、同胞が次々と殺されていくのを呆然と見ているしかなかった。

 やがて存在を感づかれたシュピルマンは隠れ家を出ざるを得なくなる。時を同じくしてポーランドでは抵抗勢力によるワルシャワ蜂起が勃発する。シュピルマンは、戦闘によって壊滅状態に陥ったポーランドにただひとり取り残される。それでも生きることを諦めない彼は、廃墟に身を隠し、食料を探す。しかし見つけた缶詰を空けようとしているとき、運悪くドイツ軍の将校に発見されてしまう。死を覚悟したシュピルマンは自暴自棄になり、早く殺してくれと吐き捨てる。だが将校はシュピルマンを殺そうとはせず、素性を問いただしてくる。そして彼がピアニストであると知った将校は、廃墟に放置されている古ぼけたピアノで一曲弾いてくれるようにと請う。

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 もう何年も愛するピアノから引き離され続けていたシュピルマンが、恐らくは自分の人生最後になるであろう演奏に選んだ曲は、彼と同郷であるポーランドの作曲家ショパンのバラード第1番だった。まるでシュピルマンが生き抜いてきた地獄を象徴するかのような、悲劇的な曲。その鬼気迫る演奏に圧倒されたドイツ軍将校は、隠れ家の場所を尋ねた後、彼を見逃して去っていく*1。そして後日、将校がシュピルマンのもとにやってくる。彼はシュピルマンに、大きなパンとジャム、そして缶切りを含んだ包みを手渡す。

 包みを受け取ったシュピルマンは、久しぶりに食べるまともな食料に感動し涙を流す。そしてドイツ軍将校に「どうやってあなたに感謝すればいいのか……」と問う。それに対して将校は「神に感謝したまえ」と言い、さらにコートまでも与える。「戦争が終わったら何をする?」と聞く彼に対してシュピルマンは、「またラジオでピアノを弾くつもりです」と答える。将校は去り際、シュピルマンに名前を尋ね、必ず放送を聞くと約束し廃墟を後にした。その直後、ソ連軍がワルシャワに到着し、シュピルマンはひとまず死と隣り合わせの生活から解放される。

 戦後、ナチスに代わってソ連が支配するポーランドで、シュピルマンは再びピアニストとして活動する。しかしあるとき、自分を助けてくれたドイツ軍将校ホーゼンフェルト大尉がソ連の捕虜となり収容所で強制労働を課されていることを知る。シュピルマンは彼を助けようと尽力したものの、宗主国ソ連に対してはあまりにも無力だった。

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ヴィルム・ホーゼンフェルト大尉

 映画を全編見れば分かることだが、シュピルマンはとにかく大勢の人間によって助けられホロコーストを生き延びている。それはもちろんシュピルマンのピアニストとしての天賦の才と人徳があったからこそだろうが、戦後、家族も友人もみな失い孤独の淵に立たされた彼の肩に、命がけで自分を救ってくれた人たちのあまりにも巨大すぎる恩が重く重くのしかかったのは間違いない。家族にも恵まれ、国民的なピアニスト・作曲家として愛され、天寿を全うしたシュピルマンだったが、いったいその心境はどのようなものだったのだろうか。

 彼は自伝を遺しているが、そこには体験した凄惨な出来事が淡々と綴られているだけで、私たちがつい期待してしまうような赤裸々な心情の告白はない。彼はそれを文字通り墓場まで持っていった。彼は自分の子どもにも自分の体験をほとんど語らなかったらしい。彼の息子は、自伝を読んで初めて自分の父親がいかなる状況を生き残ってきた人間であるかを知ったという。彼はなぜ語ろうとしなかったのか。あまりにも悲劇的すぎたからだろうか。あるいは、語らないということが彼なりの誠実さだったのかもしれないという気もする。

 実は、映画ではシュピルマンがホーゼンフェルト大尉の前で演奏した曲がバラード第1番となっているが、本当は同じくショパンノクターン第20番だったということである。シュピルマン本人が演奏するノクターン第20番の演奏を聴きながら、返すことの出来ない恩を、私たちはどうすれば良いのかということを考える。

 それは、まず生きること、ではないだろうか。一生懸命に、できる限り誠実に、真摯に、優しく、そして強く、自分の人生を全うすること。それが、自分への「期待」を「恩」というかたちで伝えてくれた人たちへの最大限の恩返しではないだろうか。僕がシュピルマンだったら、きっと途中で逃げるのを諦めてしまっていただろう。よしんば逃げ延びれたとしても、戦後、家族と友人を含む数多の同胞が犠牲になったにもかかわらず自分だけ生き残ってしまったという罪悪感に耐えきれず、せっかく永らえた命を自ら捨ててしまったかもしれない。しかしシュピルマンは決してそうしなかった。そうした行為が、恩を仇で返すことになると知っていたからではないだろうか。

 そして、自分の人生を全力で生きるなかで、可能なかぎり他人を助けること。他人から受けた恩を、その人に直接返すのではなく、また別の他人の力になることで間接的に返すということ。ここまで出来れば、きっと立派な人間として胸を張って生きていけるのではないだろうか。そのためには、自分のみならず他人のことも考えられる余力を持たなくてはならない。

 結局のところ、両親に受けた恩を返すためには、ただひとつの行為以外、私たちには選択肢がないのだと思う。それは、自分もまた親になること。そして、自分が両親から与えられたのと同じかそれ以上の愛を、自分の子どもに与えてやること。これもまた、他人から受けた恩を、また別の他人へと受け渡していくことである。そのようにして僕らは恩で結びついていく。きっとそれが何よりもの理想なのだろうと、僕は思う。

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*1:映画では描かれていないが、ホーゼンフェルト大尉はシュピルマンだけでなく多くのユダヤ人を救っている。別にシュピルマンがピアノの名手だったから見逃したわけではなく、もともと彼を殺すつもりはなかったと思われる。