「不完全でもやはり動くことが道を開くこと」―ザルツブルク音楽祭に行ってきます

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ザルツブルク音楽祭の会場のひとつ:フェルゼンライトシューレ

 「ザルツブルク音楽祭」とは、毎年、7月から8月にかけてオーストリアザルツブルクで行われる音楽祭である。クラシック音楽にはたくさんの音楽祭がある。有名どころだとバイロイト音楽祭ルツェルン音楽祭、ヴェルビエ音楽祭ラ・フォル・ジュルネBBCプロムスなどがあるが、ザルツブルク音楽祭もまた世界で最も有名かつ大規模な音楽祭のひとつに数えられる。この期間のザルツブルクには、筋金入りのクラシックファンが世界中からやってくる。各種ホールだけでなく路上でもたくさんのイベントが催され、歴史に彩られた美しい街並みがお祭りムードに満たされる。すべてのクラシックファンの憧れである。

 幸運なことに、この夏、そんなザルツブルク音楽祭に行けることになった。行けることになったというか、行くことにした。ザルツブルクに9日間滞在し、6つの公演を楽しむ予定である。意外にもトントン拍子で事が運んでしまったので、自分で決めておきながらちょっと困惑している。しかし楽しみなことには違いない。

 もともと、ヨーロッパにはずっと行ってみたかった。ベートーヴェンゆかりの地を巡ったり、ベルリンフィルウィーンフィルなどの世界最高のオーケストラを本場で聴いたり、ルーブルやオルセーなどの素晴らしい美術館を巡ったりしたいと思っていた。とはいえ、ヨーロッパとなるとさすがにハードルが高い。韓国や中国あるいはシンガポールなどに行くのとはワケが違う。あるいはアメリカですらヨーロッパに比べればハードルが低いのではないだろうか。アメリカはなんだかんだ言っても日本人にとってはそれなりに身近な国である。しかしヨーロッパ諸国はとことん馴染みがない。そういうわけで、いつか行こうと思いながら、実際的な計画は一切していなかった。

 今回も、最初は本気でヨーロッパに行くつもりだったわけではない。暇つぶしがてら、海外の音楽祭のチケットはどのように入手するのだろうかと調べてみたのである。当初は、海外の音楽祭のチケットなど簡単には入手できないだろうと考えていた。事実、ネットで調べ始めてすぐは入手困難であるというような情報にばかり行き当たった。やはり少し高くても代理店を通して買ってもらうしかないのか、と思いながらより詳しく調べていると、どうやらそうでもないらしいということが分かってきた。ザルツブルク音楽祭に行ったという人のブログを読むと、音楽祭の公式サイトから自分でチケットを手配したというふうに書いてあったのである。

 そこで、自分でもやってみることにした。すると本当にするすると手続きが進んであれよあれよという間に支払いの画面にまで辿り着いた。支払いはクレジットカードのみだったが、偶然にも、少し前にデビットカードを作っていたので問題なし。ということで行きたい公演を探してみることに。すると、なんとソコロフが、シフが、トリフォノフが、リサイタルをするではないか! おお、これはもう行けと言われているとしか思えない! とくにソコロフなんて、まさか生きているあいだに(僕じゃなくてソコロフが)聴けるとは思ってもみなかった。彼はヨーロッパ以外でほとんど演奏しないので。

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  そのままの勢いで、ホテルと航空券も探してみた。すると、これも呆れるほどあっさりといい感じのところが見つかった。これで何も問題はない。……とはいえ、さすがに額が額なので正直めちゃくちゃ悩んだ。チケットとホテル、航空券すべて合わせると50万を超えてしまう。しかし、今まであまり遊ばずに貯めてきたお金を使うならここしかないとも思った。だって、これ以上に贅沢なお金の使い方があるだろうか。自分が最も愛好している趣味のために使うのだから。クラシック音楽の本場ヨーロッパで、伝説級のアーティストたちの演奏を、音楽祭の華々しい雰囲気のなかで楽しめるのだから。僕の人生はとにかくクソみたいなことの連続だったのだ。ひとつくらい贅沢な思い出あっても許されるはずだ。

 そして僕は、これまでの人生で最大の買い物をした。言ってみれば、夢を買ったのだと言っても差し支えない。だが実は未だに、その決断が正しかったのかどうか不安である。いろいろと懸念があるからだ。そもそも今年行くべきだったのか。ザルツブルク音楽祭のチケットは前年の11月から翌年1月まで抽選で販売され、3月から一般販売が始まる。どうやらその間の期間も抽選を受け付けているらしいが、当然のことながらその間の申込みは11月から1月までに申し込んだ人たちの後に処理される。要するに出遅れたわけであり、あまり良い席には座れないかもしれない。来年まで待つべきだったのかもしれない。他にも、ソコロフのプログラムがハイドンソナタであんまり惹かれなかったり、ホテルが会場から若干遠かったり、もっと安くで行けたのではないかという疑念だったりと、いろいろと思うところがある。

 しかし、そんなことを言って先延ばしにしていては、いつになるやら分からないではないか。来年の夏、健康でいられる証拠がどこにある? 時間に余裕があると誰が言い切れる? たしかにソコロフが演奏するベートーヴェンピアノソナタ第32番を聴きたかった(彼の前シーズンのプログラムはこの曲だった)。だがソコロフはもうそんなに若くない。このチャンスを逃したら聴きたい曲どころかソコロフの演奏自体聴けなくなるかもしれないではないか。それに、もしまたソコロフが32番をやることがあれば、弾丸ツアーで聴きに行けば良い。もっと安くで行けたかもしれない? お金なんてまた貯めればいい。ベートーヴェンゆかり地を巡りたかった? ベルリンフィルの演奏も聴きたかった? ルーブル美術館に行きたかった? また行けばいいじゃないか。そう、アカギも言っていたではないか。

「まるで詰将棋だな…正着手が見えないと一手目から動けない詰将棋…しかし…間違っている……!それはこの世のありようと違う…!不完全でもやはり動くことが道を開くこと…!そうだろ…?」『天―天和通りの快男児』155話

 そういうわけで、僕は今年の夏にヨーロッパを訪れ、ザルツブルク音楽祭に行く。そしてソコロフ、シフ、トリフォノフ、それからウィーンフィルの演奏を聴く。この決断が正しいものであったかどうか、今は分からない。というか、一生分かるはずもない。だが、少なくとも家にいてCDを聴いたり、日本のコンサートホールでの公演に行くより遥かに良い経験になるのは間違いない(決して日本での公演を貶しているわけではない)。

 もし私も今年のザルツブルク音楽祭行くよ~という方がいらっしゃったら、ぜひコメントしてください。良ければ向こうでご一緒しましょう。やはり一人だと不安なので。